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「最近の大学キャンパスにおける宗教問題の現状と対策」

川島堅二(恵泉女学園大学)

 

1.      はじめに(演題について)

演題には当該団体を刺激したくないという気持ちから、一般論的なものを掲げたが、今日の大学が一般的に宗教問題に対してどういう状況にあるかは、フェリス女学院大学の渡辺浪二先生の論考(「大学とカルト」『現代のエスプリ』1998/4所収)や最近では、朝日新聞で、大学のカルト対策が網羅的にレポートされている(2000522日夕刊「こころ」)ので、ここでは一般論ではなく、過去3年間私が大学キャンパスという私の現場で、ルーテル学院大学チャプレンの平岡正幸先生と私が取り組んできたICC、ボストンムーブメント(東京キリストの教会―以下TCCと略記)の問題を報告したい。統一協会やオウムに比べ、その危険性や被害の度合は軽いと言えるが、しかし、今日の若い人たちがさらされている精神的な危機状況の一面であることは確かで、それは統一協会の問題と通ずるところも多いと思う。実際3年間の脱会者支援の活動において、統一協会対策で先輩の諸先生方が苦労して積み上げてこられた実績が、おおいに助けになった。私のささやかな報告が、統一協会問題に取り組んでおられる方々に、わずかでも参考になれば幸いである。

以下、先ずこのTCCという団体の沿革を簡略に述べ、次に、何が問題なのかということを、大学の警告文書や日本脱カルト研究会作成の集団健康度チェックリストを用いて元メンバーを対象に行った調査結果、さらに脱会者の手記、教会の内部資料などをもとに明らかにし、最後に有効な対策について述べてみたい。

2.      TCCとはどういう団体か(歴史・沿革)

TCCの創始者、トップリーダーは、キップ・マッキーン(Kip McKean)というアメリカ人牧師である。彼は1975年大学を卒業すると短大(Northeastern Christian Junior College)のチャプレンになり、主に学生を対象に、独自な伝道活動を開始する。当初は、正統派のプロテスタントキリスト教の枠内においてであったが、既に2年後の1977年にはその過激な活動にマスコミが批判を始める。その主な見出しを拾ってみると「彼らは自分たちのみがキリストの救いへ至る唯一の道であると主張」「伝道の目的達成の為に借金をしてでも献金するという圧力がメンバーに課せられている」「メンバーとしての義務を果たす為に家族や友人を放棄させたり、学業や仕事をおろそかにする」「彼らの教義は、心に恐怖心や罪悪感、不安を植え付ける」等々。このような批判にもかかわらず、マッキ−ンの活動はいよいよ過激度を増し、メンバー相互の監視(彼らの用語では励まし合い)システムであるディサイプリング・パートナーとか、バイブルトークなど、独自な制度や用語を作り出し、さらに教会をその規模により、ハウス・チャーチ、ゾーン・チャーチ・セクターチャーチ等に格付けを行い、マッキーンが指導するボストン教会を頂点としたピラミッド型の組織を作り上げていく。このような活動の結果、10年後の1988年には、主流派から分離し(事実上は主流派から破門される形での分離)独自な教派として活動を始める。キップ・マッキーンの愛弟子である新谷フランク・エリカ夫妻が来日し、代々木八幡のキリストの教会に指導者として派遣されたのもこの1988年である。新谷フランク・エリカ夫妻は、1951年に宣教師ジョージ・ガーガナスによって建てられた代々木八幡キリストの教会を、ボストン派に改組、教会の名称も「東京キリストの教会」に改めた。この時これに反対する少なからぬ従来のメンバーは、他の教会に移っていった。したがって、TCCとしての歴史は、約12年。現在東京を中心とした首都圏にメンバー約1000人、他に毎週集会が行われている場所は、横浜、名古屋、大阪、福岡であり、さらに北海道にも近々ミッションチームを派遣する(あるいは既に派遣された?)という情報が入っている。

3.      何が問題か

3-1各大学の警告文書より

TCCを対象とした警告文書を出しているのは、上智大学、青山学院、聖学院である。上智は最も早く1998610日に(ただしTCCの名は特定しないで)学生部から「新新宗教団体の勧誘について」と題して、「最近大学内の学生食堂やカフェテリア[...]において、新新宗教団体と見受けられるグループが、主に一人で着席している学生に対して、親しげに声をかけ、様々な個人情報を聞き出し、しつこく勧誘される被害が多発しています。[...]共通していえるのは、はじめは宗教とは関係ないように振舞いながら、だんだん親しくなり、最終的にその宗教団体主催のセミナーに参加させるという手口で」十分注意し、個人情報を与えないようにという一般的警告であり、具体的にこの団体の何が問題なのかには触れていない。これに対して青山学院と聖学院は、いずれも昨年(1999年)に、TCCを渋谷区富ヶ谷という所在地まで明示して具体的に警告している。共通する警告内容は、(1)「ディサイプラー」と呼ばれる指導者に11の指導を受け私生活まで制約されること、(2)入会に際して個人的な罪の具体的な告白が強要され、それが指導者に握られる為に脱会が非常に困難になること、(3)献金の額が指定されること(週給の1割と年に2度その16倍の特別献金)などである。

以上のような問題点を、さらに私がこの3年間で関わった元メンバーを対象に行ったJDCC(日本脱カルト研究会)作成の集団健康度チェックリストによる調査によって検証してみたい。

3-2 JDCCチェックリストによる調査結果より

このチェックリストは、人権侵害という観点から集団の健康度を計るために114の質問項目について「当てはまらない」(0点)、「どちらともいえない(わからない)」(1点)、「少し当てはまる」(2点)、「全く当てはまる」(3点)のいずれかを選ぶ形で回答していく。合計のポイントが高ければ高いほど不健康である(カルト性が高い)ということになる。全部に「全く当てはまる」をつければ342ポイントとなる。これをTCCと関わりを持った11名に行った(内訳は元メンバー9名、現役メンバー1名、メンバーの家族1名)。元メンバー9名の結果だけに限定すると、最も高いポイントが199、最低が71、平均で150.3であった。(参考までに、日本基督教団等他のプロテスタント三教会の信者約100名を対象に行った調査の平均は、25ポイントである。)

さらに、その内容をグラフ化してみると特に「信教・思想の自由」「健康・文化的生活の権利」「プライバシー」この3点にわたる侵害が著しいことがわかる(下グラフ参照)。それぞれの点について、最も多くの人が「全く当てはまる」としていた設問をあげてみると、「信教・思想の自由の侵害」では「被勧誘者の周囲を複数のメンバーで取り囲んで入会の意思決定を求める」「最初のうち、組織や代表者の名称あるいは接近した真の目的を隠して勧誘する」「嫌がっていてもしつこく長時間拘束して根負けさせ、次の約束や入会の承諾を得ようとする」の3つ。「健康・文化的生活の権利の侵害」では「やるべき課題が多すぎて、慢性の睡眠不足状態にある」「組織や個人に不都合が起こったら、必ず原因を不服従・不忠義といったメンバー自身のせいになる」の2つ。「プライバシーの侵害」では、「個人的に秘密にしたいことでも組織のしかるべき人に明かさなければならない」「生活のスケジュールはほとんど管理され、個人で自由に使える余裕は無い」の2つである。

1.      入脱会の自由に対する侵害

2.      信教思想の自由に対する侵害

3.      通信居住の自由に対する侵害

4.      性・子供の権利に対する侵害

5.      健康文化的生活の権利に対する侵害

6.      民主教育に対する侵害

7.      組織の民主制に対する侵害

8.      プライバシーに対する侵害

9.      その他の人権に対する侵害

 

3-3 脱会者の手記、内部資料より

以上チェックリストで明らかになった問題性を、脱会者の手記及び内部資料によって裏付けてみたい。

(嫌がってもしつこく長時間拘束、次の約束を)―信教思想の自由の侵害

その日から私の元に、教会の人達から度々電話がかかるようになりました。[…]そして友人2〜3人で食事をしながら聖書を読むので、気軽に参加しないかと、誘われ待合わせをしました。ところが実際に行ってみると皆、食事はそっちのけで、なぜか私に聖書のある部分を声を出して、読むように指示するのです。「皆で聖書を通してお互いをシェアする」はずが、回を重ねるごとに私一人のための勉強会に変わっていったのでした。さすがに疲れて、断ろうとすると、「では、いつなら都合がいいのか」と、私の都合を最優先してくれるのがなんだか申し訳なくてずるずると会う回数を重ねていきました。(99年7月)

私は2週間という短い期間で聖書のことを学びました。後半の1週間は家に帰してもらえず、ずっと信者の家に泊まり込み、夜中の12時や朝の4時まで勉強させられました。朝はクワイエットタイムと称して、朝、会社始業前にも信者たちとの時間をもちました。(98年11月)

(やるべき課題が多すぎて、慢性の睡眠不足)―健康文化的生活の権利の侵害

信者になる前の聖書の勉強段階ではあまり知らされないが、実際に信者として中に入ってみるとTCCのスケジュールはかなりハードだ。月曜日から日曜日まで、毎日細かく集会やイベントや伝道(1分1秒を惜しんであらゆる場所で人を教会に誘う)、これから信者になる人の聖書の勉強(連日深夜にまで及ぶこともある)などのスケジュールが決められている。しかも、それは自由参加ではない。絶対に参加しなければならない。「強制ではない。でも、神様を愛していれば当然やりたいと思うはず」という言葉で事実上強制され、「自分の時間がほしいなんて自己中心の罪だ」「御国(教会)を一番にしなければならない」と言って責められる。(2000年9月)

倒れないかぎり休めない、いや、倒れても休めない。私も何度も体調を崩し、それでも這うようにして教会まで行ったものだ。集まりを無断で休もうものなら1日に5本も10本も電話がかかり、具合が悪くて伝道に行けなければ「ゆっくり休んでね。でも家でも伝道できるから」と言って電話や手紙で友達を教会に誘うように言われる。仕事で遅くなろうが具合が悪かろうが、「10分でもいいから来て」と集まりに呼ばれる。信者はみんな純粋で善良で悪気はないので余計にたちが悪い。ただ神様を愛するがゆえにやっていることなのだ。みんな親切にしてくれ、心を尽くして愛してくれる。だから断れない。情に流される。真綿で首を絞められるようなものである。過酷なスケジュールに加えて必然的に外食が多くなり食生活も不規則になり(断食もしょちゅうある)、忙しいのでみんな睡眠不足で疲れている。それなのに「いつも笑顔で人に与えなさい」「喜びなさい」と言われているので、張り付いたような笑顔をして目を輝かせている。(同上)

(組織や個人の不都合を、不服従や不忠義といったメンバー自身の責任に)― 同上

東京キリストの教会で、私はアシスタントリーダーになり、バイブルトークリーダーになり、ある時期までは「将来を嘱望されたリーダーの卵」でした。でもいつからか、「インディペンデントだ」「反抗的だ」と言われるようになりました。そんな中で、私がリーダーをしていたグループのメンバーが教会を去り始め、ミニストリーはバラバラになり、それによって私は「あなたが悔い改めないからこうなった」と言われ、リーダーから降ろされました。[…](98年6月)

(個人的に秘密にしたいことでも組織のしかるべき人に明かさねばならない)― プライバシーの侵害

そしてある日、バイブルトークリーダーから「バプテスマを受ける前にしなければならないことがある」と言われました。それは「罪の告白」でした。「ノートに自分が現在分かっている自分の罪について書き出して下さい」と言われました。 それをバイブルトークリーダーに見せてその罪がイエスを十字架にかけたことを心から理解したらバプテスマを受けることができるということでした。私は少し躊躇しましたが、思いつく限りの罪を書き出しました。しかし当然ながら「性的」なことを書くことはできませんでした。本当に恥ずかしかったのです。それを書かずに結局バプテスマを受けました。バプテスマを受けた後非常な罪悪感を持ちました。私のバプテスマは有効ではなかったのでは?と思いました。そしてその罪悪感からとうとうバイブルトークリーダーに書き残した罪を告白しました。(97年)

「罪」の箇所を学ぶところから,それまでとてもやさしかった彼らの態度が変わりました.それぞれが罪を告白しました.私もしました.私は,普通の人が言えない罪を皆が堂々と言い表していることに感動しました.私も告白しました.(98年10月)

さらに内部資料より(1999年8月DPレッスンテキストから引用)

信仰をどのように活性化させるかの指導で「罪のリストをもう一度復習してください。クリスチャンになる前一番ひどい罪は何でしたか? 話し合ってください。最近どういう罪がありますか。プライド、うそ、情欲、イライラ…告白してますか?」チャレンジ(課題)として「この過去6ヶ月の罪のリストをQTで書き出し、誰かと一緒に神様に許してもらうよう祈ること」という指導がなされ、「罪の告白」が、入信後も継続的になされることが積極的に勧められる。

3-4 問題点

        3-4-1精神的虐待(Spiritual Abuse)

「罪の告白」という形で、人の弱点を巧みに組織の維持強化に利用する。これは精神的な虐待である。

これに加えて性の管理という問題もここで指摘しておきたい。入会儀式であるバプテスマの直前に「カウントコスト」という誓約が行われるが、そこで独身者に対しては必ず「この教会のメンバーとしか結婚できないが大丈夫か」と問われる。入会後は、婚前交渉はもちろんのこと、自慰行為さえ「姦淫」に等しい罪として禁じられる。さらにメンバー同士の結婚は、リーダーの承諾なしには許可されない。組織の維持強化にプラスになると判断された男女関係しか認められないのである。このようなシステムによって、性欲が組織の維持強化の目的で巧みに管理されているのである。

        3-4-1時間及び経済の搾取

時間の搾取という事は、既に見たメンバーの生活の管理ということから明らかである。昨今の大学生は、3年生の夏を過ぎると就職活動で落ち着いて勉強ができなくなる。比較的ゆっくりと勉学に励める1,2年生の貴重な時間を、このような団体の活動によって奪われることは、大学教育の面から言っても教師として耐えがたいものがある。

さらに経済的な搾取も特に社会人に対して巧みに行われる。収入の十分の一を献金することは、かなり強い義務として勧められる。メンバーに毎週配られる「東京キリストの教会ウィークリー」という週報には、前の週の礼拝出席者、献金の目標額と実際額が明記されている。また献金の銀行振込の奨励が記され、振込先の銀行口座が地区ごとに4つ案内されている。

さらにこれはアメリカの教会の例だが献金奨励のマニュアルには「1.毎日祈ること」「2.延ばさず、今日から節約を始めよ」といった精神的な奨励に続いて「5.新しい靴、新しい服、休暇、映画、間食、週末の旅行を断念して、そのお金を直ちに献金せよ」「6.尊い魂を救う為に、高価な物を売りなさい(土地・家・貴金属)」など具体的な指導が続く。

4.      対策

4-1事前情報の提供

多くの場合勧誘を受けた人は、この団体に対して多少の違和感を抱く、そして、学生であれば、最近はインターネットでこの教会の名前を検索して、情報を得ようとする。その時に、適切な情報が与えられれば深入りする前に入信を阻止できる。最近の1年半の間に直接間接支援した脱会者及び被勧誘者10数名の大部分がインターネット経由で情報を得て、この団体から離れている。

4-2脱会者支援及び家族の支援体制

不幸にして、入会時に適切な情報が得られず、入信してしまった場合、TCCは反社会的なことをしているわけではないので、保護説得という方法は、不可能である。本人が脱会の意思を示すまで、特に家族は忍耐して待たねばならない。しかし、何もしないで待つというのではなく、この団体のことを学習し、本人が少しでも脱会への兆候を見せた時には、即座に対応できる体制を専門のカウンセラーと元メンバーらと共に整えておくことが重要である。

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