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更新日2012/11/28

息子ナタナエル墓前説教

フリードリヒ・シュライアマハー

底本Am Grabe des geliebten Kindes, Friedrich Schleiermacher auf seinen Sohon Nathanael, Matthias-Gruenewald-Verlag, Mainz, 1947.

〔  〕は訳者の挿入

 

【解説】

シュライアマハーは1809年、40歳の時、ヘンリエッテ・フォン・ヴィリッヒ(Hennriette von Willich)と結婚した。彼女は、かつて友人であり牧師でもあった故エーレンフリート・フォン・ヴィリッヒの妻であった。当時まだ20歳であったヘンリエッテは、初婚によって生まれた二人の子と共にシュライアマハーとの再婚生活に入り、彼との間にさらに四人の子をもうける。三人の女児エリザベツ、ゲルトルード、ヒルデガルトと、一人息子ナタナエルである。しかし、ナタナエルは九歳で病死してしまう(1829)。ここに訳出したのは、ナタナエルの葬儀の際の彼の説教である。当時61歳の円熟した牧師シュライアマハーが、この試練をいかに受け止め、乗り越えようとしたかを、これによって知ることができる。

 

あなたがた、私の大切な人たち、最愛の息子の墓前で頭を垂れる父と悲しみを共にするために来てくださった方々! 私は知っている。あなたがたが来たのは風にそよぐ葦を見るためではないことを〔ルカ福音書7:24参照〕。あなたがたがここに見出すのは、一本の老木、それは、晴朗な高みから突如彼を襲った突風にも裂かれることなく佇んでいる。そう、そういうものである!

20年間、天によって育まれ守られてきた幸福な家庭について、私は神に感謝しなければならない。さらに長く、身に余るほどの祝福に伴われた職業生活について、私が私の仕事において、苦楽を共にする同僚たちと分かち合った多くの喜び、痛みについて、私は神に感謝しなければならない。人生の上に時に暗雲が垂れ込めることがあっても、外から来たものは信仰がこれを克服し、内側から来たものは、愛がこれを埋め合わせてくれた。

しかし、このたびの一撃は、これまでにないほどに私の人生を根底から揺さぶった。あぁ、子供というものは、神から私たちに責任を負うべく託されたもの、配慮と義務、愛と祈りの尽きざる対象というだけではない。子供たちは家庭に与えられた直接的な祝福である。子供たちは、自分が受けたもの以上のものを与えてくれる。彼らは人生を生き返らせ、心を喜びで満たしてくれる。この子もまた、私たちの家庭にとってそのような祝福であった。そうだ、幼子らの天使たちは、天の父の顔を見ていると主イエスは言われたが、この子において私たちに現れたのも正にそれであった。そのような天使が彼の内から姿を現していた。私たちの神が親しく臨んでおられたのだ。

 

神が私にこの息子を賜ったとき、私の最初の祈りは、父親としての愛情が私を迷わせて、過度にこの子に注がれることがないようにということだった。主は、私の祈りを聞いてくださったと思う。〈中略〉

息子を〔ナタナエルと〕名付けた時、その名によって私が彼に願ったことは、単に神からの尊い賜物を歓迎するということではなく、この名によって、私は同時に次のような願いを表したかった。すなわち、この聖書が示すように、その魂に偽りがないようにということである〔ナタナエルはヨハネ福音書1章に登場する人物、その名はヘブル語で「神は与える」という意味。しかし、同時にヨハネ福音書1:47で、主イエスから「この人には偽りがない」と言われている〕。そして、これも主は私に聞き届けてくださった。この子がいかに誠実で純真であったか、彼はどんな人にも信頼に満ちた眼差しで臨み、どんな人にも善だけを見ようとしていた。私たちは彼の中に偽りを見出すことはなかった。そして、他ならぬそれゆえに、今ここに私のそばにいる私の大切な子供たちよ、彼は純粋であったがゆえに、いろいろな暗い影−それは君たちのそばにもあるのだが−からも自由だった。利己的な性質からも程遠かった。すべての人に対して彼は愛と善意で接したのだ。このように彼は、私たちの間で家族全体の喜びだった。

就学の時期が来て、より大きな児童の集団に入っていく必要が来たときにも、彼はそれに習熟して成長していった。彼の教師による有益で善意からの叱責もしっかりと受け止めていた。そこで私はさらに父親として彼を見つめながら彼に伴うつもりでいた。そして、どの程度彼に精神的な力がさらに発展し、人間の活動のどの方面に彼の性質が用いられるのか、密かに期待していた。そう、私がしばしば、今起こってしまったのとはまったく違う意味で、彼の教育を完成することは私には与えられないかもしれない〔すでに60を越えていたシュライアマハーは、ナタナエルが成人する前に自分の寿命が尽きるかもしれないと感じていた〕と語ったときにも、私は不機嫌になることはなかった。私は、誠実な父親としての助言や力強い支えが、息子に欠けることはないということを、私の職業の素晴らしい祝福と見なしていた。しかし、それが、彼自身の側の原因で〔すなわち彼の死によって〕、彼に不要となってしまうことが無いようにと願っていた。

 

私の残された人生にとって、すべてに立ち勝って重要な課題、私の心がまったくの愛によってそこにかかっていた課題は、今や解かれることのないまま抹消されてしまった。親しく元気を与えてくれたいのちの姿は、突如台無しにされてしまった。この子に基づいていたあらゆる望みがここに横たわっており、この棺とともに葬り去られねばならないのだ!私は何と言うべきだろう?

こういう場合に多くの敬虔なキリスト教徒の心を静める慰めが存在する。私に対しても何人かの人が今日それを口にしてくださった。それは人間の弱さを正当に評価することから出ているだけに、軽んじられてはならない慰めである。すなわち、年幼くして世を去った子供たちは、人生のあらゆる危険や試みから引き離され、早くに安全な港に救われたのだという慰めである。そのような危険をこの息子も完全に免れたわけではなかった。しかし、この慰めは、今の私に十分な慰めとなってはくれない。私はこの世を常に、次のようなものと見ている。すなわち、主イエスのいのちによって、賛美され、彼の霊の働きによって、あらゆる善と神的なものの果てしない発展へと聖化されるような世として見ている。私は常に喜ばしい精神と感覚のうちに神の言葉の奉仕者であろうとしてきたのである。そうであるならば、いったいなぜ私が次のことを信じないはずがあろうか? キリスト教会の祝福が、この子においても認められるということを、また、キリスト教の教育によって、彼の内に過ぎ行くことのない種が蒔かれたということを。たとえ彼が躓いたとしても、彼のために神の恵み深い守護を、私が望むべきでない理由があるだろうか? 何者も彼を主である救い主の御手から引き離すことができないと堅く信じられない理由があるだろうか?彼は救い主にささげられ、彼もまた救い主を子供のような心で愛し始めていたのである。すなわち、彼は病床で、「救い主を愛していますか」と問う母に、落ち着いた声で最後に「はい」と答えたのである。この愛、それはたとえ常に一様に進歩したわけではなく、彼においてもそれを妨げるものがあったとしても、その愛は決して彼から消え去ることはなく、常に彼をまったく支配していたと、私が信じない理由があろうか?このことすべてを彼とともに経験し、その際に彼を戒め、慰め、導く勇気を私が持っていたとするなら、私には先のような慰めは、他の多くの人にとってのようには慰めにならないのである。

また、悲しむ人の多くは他の方法で自分の慰めを、魅力的なたくさんの図絵(Bilder)から作り出す。そこに彼らは、先立った者と遺された者との継続的な共同を描き出す。そしてそれらが心を満たせば満たすほど、死についてのあらゆる痛みは鎮められるのである。しかし、思い出の厳しさと鋭さにあまりになじんでいる人には、これらの図絵は、無数の答えられない問いを後に残してしまい、それによって、慰める力の多くを失ってしまう。

そこで私は、私の慰めを、また希望を、控えめではあっても非常に豊かな聖書の言葉に求める。すなわち「私は、今は一部しか知らなくとも、その時には、はっきり知られているようにはっきり知ることになる」〔1コリント13:12〕という言葉である。また主イエスの力に満ちた次のような祈りである。「父よ、私に与えてくださった人々を、私のいるところに共におらせて下さい」〔ヨハネ福音書17:24〕。この力強い信仰を拠り所にして、幼子のような従順に支えられて、私は心から次ぎのように言うのである。主がこの子を与えてくださった。主のみ名はほむべきかな。主がこの子を私に与え、この子にたとえ短くはあっても、主の恩寵の愛の息吹に暖められ、明るく屈託のない生を与えてくださった。主はこの子の人生を、忠実に見守り、導いてくださった。この尊い思い出には、いささかたりとも苦々しいものは混ざっていない。むしろ私たちは、この愛すべき子によって、豊かに祝福されたと告白しよう。主がこの子を取り去られたのだ。主のみ名はほむべきかな。主は、この子を取り去られたけれども、しかしまた遺してくださった。この子は私たちに、消え去ることのない記憶において、過ぎ去ることのない尊い宝として私たちの間にとどまり続ける。

 

しかしながら、私は、愛する息子の亡骸に別れを告げるに当たって、なお、主を賛美することによって、私の心からの感謝を、何よりも、私の生涯の伴侶である妻に対して−神は彼女を通して私にこの子を賜った−ささげずにはいられない。彼女が息子に対して、その生涯の最初の日から彼女の腕の中で最後の息を引き取るまで示した愛と誠実に対して、感謝をささげずにはいられない。さらに上の娘たちに対しても、彼女らがこの弟を愛し、彼の歩みが明るく喜ばしいものとなるように助けてくれたその愛に対して感謝したい。また、愛する友人たちすべてに対して感謝したい。私たちと共に彼の誕生を喜び、私たちと共に彼の心配をしてくれた人たち、とりわけ、息子の日々の成長にかかわってくださった先生方に感謝したい。そして、息子と親しく遊んだり、学んだりしてくれた学校の友人たちにも感謝したい。あなたがたのおかげで息子は、楽しいときを過ごすことができた。息子ともっと一緒に過ごすはずであったことを思って、あなたがたも息子の死を悲しんでくれている。そして、この別れのときを私と共にするために集まってくれたすべての人に感謝したい。

感謝には返礼の贈り物が伴うのが常である。そこで、皆さんは、この私にとって非常に痛ましい時の記念に、キリスト教的な訓戒を贈り物として受け取ってもらいたい。妻と私は、二人ともこの子を心から愛していた。さらに友愛と柔和とは私たちの家庭の基調音であった。しかし、それにもかかわらず、息子と共に過ごした生活の思い出には、そこここに弱いながらも咎めの気分が存在している。そのように私が思うのはおそらく次のような理由による。すなわち、この子のように与えられた生涯が非常に短い場合は、彼と最も多く過ごした人に対して、もし自らを神の前に吟味するならば、完全に満足できるということはないからである。それゆえに私たちは、お互い、本当に速やかに引き裂かれることがあり得る、そういう存在であることを心して愛し合おうではないか。私はこれを君たち子供らに言う。この忠告は、もし君たちがこれに従うならば、君たちの無垢な喜びを曇らせることなく、君たちを、たとえそれが些細なものであれ、多くの咎から守るだろう。私は、これを親たちに言いたい。というのは、あなたがたは、私のような経験をしないとしても、よりいっそう純粋に、この言葉の益するところを享受するであろうから。私はまたこれを、最高の感謝を込めて、教師先生方に言いたい。なぜなら、あなたがたは、若者たちと、個々に最も多く関わる人たちだから、あなたがたが、秩序と規範を正しく保持するためになさねばならないすべてのことは、神聖なキリスト教的愛の正しい精神によって、いっそう多く貫かれるべきだから。あぁ、然り、まもなくお互い引き離されてしまうかもしれない、そのようなもの同士として、私たち皆お互いに愛し合おう!

 

祈り

神よ、あなたは愛でいらせられる。今、自らをただあなたの全能に委ねるだけでなく、ただあなたの極め難い知恵に従うだけでなく、あなたの愛を認識させてください!私のこのつらい試練を、私の天職における新たな祝福へと造り変えて下さい! 私と私の家族すべてにとって、この痛みを、新たな絆に、願わくはよりいっそう内的な愛の絆となさしめ、この痛みをして、私の家庭にとって、あなたの心を新たに理解するためのものとなさせてください。この困難な時も、ここに集いし者すべてにとって祝福となりますように。私たち皆を、いよいよ知恵に向かって成熟させてください。その知恵とは、虚無を越えて、あらゆるこの世的なもの、過ぎ行くものの中に、ただ永遠を見て、それを愛する知恵であり、また、あなたが決定されるすべてのことの中に、あなたの平安と永遠のいのちをも見出す知恵です。死からこのいのちへと、私たちは、信仰を通して突き進むのです。

アーメン

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