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ハインツ・キムメルレ『哲学的神学的体系の基礎及び開かれた相互性の起点としてシュライアマハーの弁証法』

Kimmerle, Heinz, Schleiermachers Dialektik als Grundlegung philosophisch-theologischer Systematik und als Ausgangspunkt offener Wechselseitigkeit.

in: Schleiermacher-Archiv, hrsg von Hermann Fischer Bd.1 Teil.1, Walter de Gruyter Berlin/New York, S.39-59.(1985)

Zusammenfassung auf japanisch von Kenji Kawshima am 14.Maerz, 2000.

最終更新日 2000314

 

0.      問題の所在

a.      問題は体系的哲学の根本概念としての主観概念である。この問題に対するシュライアマハーの貢献が自我の哲学の伝統―それは主観の自己確信から知の他の領域すべてを基礎付けようとするが―に適合するとは必ずしもいえない。ドイツ観念論哲学内において、この伝統の傑出した代表者はフィヒテである。彼の『学問論』は、シュライアマハーによれば、「学問の学問」たること、すなわち主観によって意識されたものが知として妥当する条件を明らかのすることであった。しかし、これは哲学体系の基礎の批判的側面に過ぎない。その構築的側面は次のことにある。すなわち、経験的知の根底にある実在的知の諸原理を、その全関連において明らかにすることである。その際哲学はシュライアマハーによれば、知の全領域において出くわす動因、すなわち知らされたものの連関を表現する動因を表現するだけである。それゆえ真の哲学はすべてその発端から「少なくとも倫理学と自然学とを作り出そうと欲し」なければならない。そしてそれによって知全体の有機体を構築しなければならない。

b.      しかし、私たちはシュライアマハーを単純に、ドイツ観念論における反対の潮流―それはヘーゲルによって代表され、哲学体系の弁証法的基礎付けの範例となったものだが―に位置付けることもできない。なぜなら、この潮流も最後には自我の哲学と同じ一面性に陥っているからである。主観の他者を思考するというその包括的努力は、それが物理的な自然としてであれ客観的精神の超主観的現実性としてであれ、最終的には超越論哲学の出発点に回帰している。その出発点とは、思考は主観の思考として、主観の中にのみその基礎付けを見出すことができるというものである。このことが成功するのは次のことによってである。すなわち「自分に帰る」という構造が、主観的思考の他者から自己自身への回帰という意味で、絶対的主観性の構造にまで高められることであり、その結果、この(絶対的主観性の)定義によって、その範囲の外には何もこぼれることができない(ということによってである)。これに対してシュライアマハーは、カントの認識論の実在論的前提、すなわち、思考が自己自身からは産出できない感覚的直観の助力を認識は必要とするという前提にとどまっている。彼はこれを、思考における有機的機能の非還元性と論じ、これがなければ思考は知になり得ないとした。

c.       シュライアマハーの特別な位置は、彼の哲学体系の基礎付けが、外から到来する啓示神学という意味での神学的内容の学問的体系的展開に余地を残しているということと関係している。その際、当然ではあるが有効なキリスト教的教説は、「根源的に敬虔な心情の状態」において与えられるというように、直接的自己意識の経験として記述されねばならない。それゆえ学問の宇宙は、キリスト教的信仰やキリスト教的倫理の教説をも含み、そこにおいて特定の知や意欲がその諸原理において分析されるが、その諸原理は、キリスト教の啓示や啓示を通して帰納的に推論される心情状態から導出されることができる。このような諸学問の可能性の条件は、それにもかかわらず、それ自体再び神学的に説明されることはできない。「弁証法」は、例えば「倫理学」のように、キリスト教的補完物を持たない。弁証法は哲学的根拠から、知はすべて主観に与えられてはいるが、必然的な仕方で主観によって産み出されているわけではないということを明らかにしなければならない。主観的意識からは到来しない共に立てられた他者存在が、その場合、自己意識に共に立てられた神存在と解釈されることができるのである。

d.      マンフレッド・フランクが示したように、これによって、言語理論や文芸学の基礎の領域における今日の哲学的問題設定に対し、重要な解明を提供する主観理論的立場が取られているのである。フランクは正当にもまた、シュライアマハーはドイツ観念論の内部で、シェリングに最も近い立場であるという示唆を与えている。これによって意図されているのは、これまでもしばしば指摘されてきたような、シュライアマハー哲学の概念装置に対するシェリングの同一哲学的著作による刻印といったようなことではない。そうではなく、哲学的神学的体系の基礎としてのシュライアマハーの弁証法が、後期シェリングにおいて展開した否定的積極的哲学に対して持っている内容的な親近性である。

e.       シュライアマハーの主観論の基礎において解釈学と構造主義とを調停しようというフランクの大胆な試みは、内容的にはサルトルの立場を取ることに通じるが、この基礎が支持力のあるものとして示される場合にのみ成功と見なすことが可能である。主観はそれ自身において絶えず、自己自身からもたらすのではない他者とも出会っているということは、シュライアマハーの弁証法において、主観的思考の破棄されえない言語性によって基礎付けられており、そこにはその(主観的思考の)他に還元し得ない有機的機能があり、それは、主観が知から意欲への転換において、自己自身によっては理解し得ないということを条件付けていると言う。このテーゼは、ファルク・ヴァーグナーによって最も決定的な仕方で反論された。彼は実際の言語からその理念的な意義へと戻ることが、純粋思考をその普遍的な基礎付け要求において捉えるためには必要であると考えた。彼の理解によれば、シュライアマハーは次のことをもまったく意識していた。すなわち、「思考は、言語現象として記述されたとしても、まだまったく思考として把握されていない」。彼の解釈によれば、シュライアマハーの弁証法構想の「内的核心」は、それが(知の)差異から統一へ、論争から一致へ、乖離から知の連関へと導くことにある。この目標は、思考と存在の一致において完成されるような知の学問を要求する。この点においてシュライアマハーは二重の意味でとどまった。すなわち一方で、彼は直接的自己意識における思考と存在の統一に達し、他方で、彼はこの統一のために、自己意識においては与えられることのない「超越論的根拠」を要求したという。

f.        これによってはっきりしたことは、シュライアマハーの「弁証法」の解釈について深刻な論争が存在するということである。このことは、自分自身の解釈を始めるために、テキスト自身に精確に立ち返るということを必要とする。ここにおいて主観概念に中心的意義が帰せられることはおそらく論争の余地がない。したがって、「弁証法」の解釈への問いと共に、常に主観論への問いが立てられ議論されるべきである。以下論究したいことは、主観論へ行き着くシュライアマハーの「弁証法」の議論が、それ自身において首尾一貫しているかどうか、そしてその限りにおいて、フィヒテとヘーゲルに対する真剣な選択肢(Alternative)になり得るのかということである。第2章においては、シュライアマハーの構想に対し、今日の哲学的問題のためにどのような意義が帰せられるかという問題が扱われる。

g.      その際、シュライアマハーの議論を、それが自ずからある以上に首尾一貫したものにすることは私たちの目標ではない。ウールリヒ・バルトがそれを試みた。彼はシュライアマハーの議論の過程を、それ自身には本来ない要求の下に立てている。彼は、シュライアマハーにおける「形式論理学の指導原理によって導かれた超越論哲学」をすなわち「認識を最終的に基礎付ける意識の精神的活動性の構造の可能性理論」を再発見しようとする。これに対して、私たちは、シュライアマハー自身の意図という意味で彼の議論の経過を追跡したい。この議論の経過が、首尾一貫しないものとして示される限り、私たちは、この点から次のように問うだろう。どんな内容的問題がこの矛盾を引き起こしたのか、そしてこの問題を解決する為に、私たちはどのような思考の方法をとらねばならないか。

1.      シュライアマハーの主観論の一貫性について

a.      シュライアマハーの「弁証法」は、完成された形で私たちに提供されてはいない。このことを、「彼の予期せぬ早い死が、このテキストに対する最後の処理あるいは推敲をもはや不可能にした」という事実に帰すならば、この事態にこれ以上系統的な意義を認めることはないだろう。その場合には、様々な年次になされた講義草稿や聴講者のノートから、シュライアマハーの「弁証法の統一性」を再構成することが、原理的に可能であると思われるだろう。それに従えば、重要なことは、「シュライアマハーの弁証法の全体を、その体系的な意義と一貫性において」明らかにすることである。それは、ハンス・リヒャルト・ロイターが提示したシュライアマハーの弁証法解釈の出発点であった。しかしながら私たちのテーゼは、シュライアマハーのこの作品が、彼の全集の大部分のテキストと同様、決定的な推敲へと進むのを妨げたのは、外的な偶然的理由ではなかったということである。弁証法の理論的議論の一貫性への問いは、単純に然りか否かで答えられない。その論及はむしろ、その解決の為に更なる思考作業へと私たちを直接にいざなう開かれた問題を予告する

b.      哲学の全体系において弁証法が明らかにしなければならないことは、倫理学と自然学とが統一を形成し、両者は正反対の出発点から、同一の内容を叙述するということである。これが自然と理性の互いに絡み合った存在を対象とする哲学の内容である。この互いに絡み合った存在は、自然に対する理性の、また理性に対する自然の行動の結果である。その際、ある場合には前者の局面が優勢なものとして定立され、他の場合には後者が定立される。

c.       この統一概念こそ、弁証法が基礎付けなければならないものである。この概念は先ず、知における能動性と受動性の交互の強調に見出される。知は、その自発的知的機能からも、またその受動的有機的機能からも等しく把握され得る。思考と存在とは次のような意味で同一である。すなわち、一方は他方なしにはあり得ず、両者は交互に優勢なものとして把握される。このテーゼを真剣に受け取るならば、シュライアマハーの立場は超越論的哲学的観念論の体系と決して等しいものではあり得ず、またシェリングとヘーゲルが1801年から1803年にかけて共通して代表していた同一哲学の構想とも異なることが分かるだろう。なぜなら彼らにとって思考と存在の絶対的同一性は、主観的思考の側の自己優越性において表現され、したがって主観的思考は存在を包括できるからである。シュライアマハーの立場は、厳密な意味では、観念論と唯物論の間に位置する。それは観念論的であり、また同じくらい唯物的である。(あるいは同じくらいそうではない。)

d.      能動性と受動性とが交互に優勢になるという意味での両者の統一性の最終的根拠として、知と意欲の関係が提供される。より受動的な知覚からより自発的な思考への移行においてと同様、この(知と意欲という)両系列間にも非連続が存在する。特殊な仕方で知覚されたものが、個人に刻印された普遍的思考にどのように転化するのか。そして最後に、特殊な知が総じて個人に刻印された普遍的意欲に、そこから生じる行動にどのようにして転化するのか。これらのことは、これらの転化が起こる意識の条件によって十分満足のいく仕方で説明されていない。知覚に対して思考の持つより大きな普遍性が、あるいは知に対して意欲の持つより大きな普遍性が、知覚や知の特殊性をそれ自体において解消できるというようなことではない。主観は、そのすべての機能において、個人的に普遍的なものにとどまる。そうでなければどうして主観は、倫理的自然的に解釈される世界の出来事すべてのあり方において普遍と特殊を「一つに形成する」ための基礎付け機関として役立つこととができるだろうか?したがって、意識は個人的普遍的統一としての自分の統一の説明の為に、世界の出来事においてそれが無限に一つになるという意味での特殊と普遍の統一を指示する。そこから、その統一のために「超越的根拠」が生じるのである。

e.       フランクと共に私たちは次のことから出発する。すなわち、シュライアマハーが、自ら思考する思考の統一の為の反省論的基礎付けを思考の主観において発展させることを妨げているのは、思考の言語性への固執だということである。思考の場所は、常に主観であるが、この思考には常にまた主観に由来するのではなく言語に由来する何かが共に立てられる。これに対応してシュライアマハーは、最終的には、知と意欲の統一の根拠を意識の彼岸に求めたのである。

f.        この関連において決定的に重要なのは次のことである。すなわち、シュライアマハーによれば言語は二重の局面の下に見られているということで、先ず、言語は記号とその意味の定められた体系であり、また、この体系は発話されることによってのみ構築され、変えられるということである。思考と言語の同一性、およびそれによって条件付けられ原理的に制限された思考の普遍性がいかなるものであるかを理解しようと思うならば、シュライアマハーの言語哲学についての言説を加えて顧慮しなければならない。「弁証法」の解釈は、その独自な議論の過程を批判的に跡付けるだけでは十分ではない。弁証法を、その全体性において、修辞学や文法、解釈学や批判と共に見ることが必要である。さらに倫理学や美学、心理学や教育学説における言語についての言及が同時に考慮されるべきである。

g.      弁証法と解釈学の相互補完性は、特別な体系的意義を持つ。それは「理解の行為がすべて語りの行為の裏返しであるということに」ある。そこで弁証法において論究されている「知の生成はすべて」「両者(理解と語り)に依存している」。なぜなら「語りは思考の共同性のための伝達であり」、そして思考はこの伝達なしには決して存在しない。たとえそれが「個のための思考の伝達であったとしても。思考は内的語りによって完成し、その限り語りは生成された考え自身に過ぎない」。シュライアマハーが、1822年の弁証法講義および1834年の出版の為の準備草稿において、はっきりと「対話の技法」を「弁証法」の叙述の出発点として選んでいることも、以上のことから説明される。語りは、思考の共同性を産み出し、その完全な理解の為に解釈学の助けを必要とするが、それは対話として実行される。弁証法は、「純粋思考の領域における」対話遂行であるが、その思考が純粋であるのは、それがすべて感覚的有機的あるいは言語的特殊なものの混入がないゆえではなく、それが、業務的思考や芸術的思考と異なり、知あるいはもっと適切には知への欲求に向けられているゆえである。弁証法はその一般性において「当該の対話が遂行される特定の一言語圏に対してのみ樹立される」ことが可能である。

h.      シュライアマハーはこの個所で、言語性によって「消すことのできない差異が思考に定立される」と明言している。弁証法が「先ず」ある特定の言語圏に対してだけ立てられねばならないという定式は、言語性に基づく思考の特殊性がいつかは止揚されることが可能であるというような意味での一過性を含むことはできない。この「先ず」はむしろ、知による知の普遍化そして知と意欲の統一による知の普遍化においてできる限り遠くまで進行するという傾向を予告するはずのものである。様々な言語圏はお互いに接近することが可能であり、その結果共通の普遍性の境界は減少する。このことは、思考―それが知になるべきである限り―の言語性によって与えられている境界の原理的有効性について何も変えはしない。この境界付けを免れることが可能な単なる形式的思考は、計算式として定式化されることにより、知に達することはなく、別の方法で樹立された知の特定の局面の補足的な吟味に益するだけである。

i.        このようにして達せられ得る知の統一性は、したがって常に一時的統一であり、特殊性を背負い込んでいる普遍である。これは弁証法や解釈学―それはこれまで言われた加工段階に依存しないが―の一貫した特徴、すなわちそれらが技法論の性格を持っているということからも生じることである。知の統一、そしてまた知と意欲の統一も、直接的に導き出されるのではなく、それが明らかにされ得る方法が示される。純粋な思考についての対話の技法論は、そのような対話において辿られねばならない歩みが示される。対話はそれが実際になされるならば、シュライアマハーと彼の弁証法構想の読者との間でもうまくゆくということ、対話の相手はお互いに枝葉末節のことばかり話さない、誤解し合わないということは、解釈学の助けによっても、完全に保障されることはない。統一の達成は統一自体と同様、すでに手中にしている知にとっても同じく超越的であり続ける。

j.        知になろうと欲する思考の還元不可能な特殊性から生じるのが、知から意欲への転換の架橋不可能性である。特殊な知が最終的になるものが完成されずにとどまるならば、それに基づく意欲もまたカントの言う意味での「純粋な意思」のように完全に普遍的に確かになることはなく、自然的規定根拠を一切混入しない理性的意思に過ぎない。両系列の統一についての無知が定立される。この統一は、弁証法にとっては把握不可能であり、弁証法的技法論の指示に従おうとする対話によっては到達できない。主観は統一への途上における通過段階として自らを示す。これはその点に至るまで完全に首尾一貫して示されねばならない。思考の言語性の中に含まれている破棄不能な思考の特殊性は、純粋な形式にとどまることなく、対象についての知であろうと欲する思考にとって、否認され得ない。言語の社会的歴史的規定性が、その理論的理解に取り入れられることによって、思考の特殊性は具体的に理解され得る。これへの取り組みは、現代の社会言語学が提供している。それは社会階層に特徴的な特殊性を、言語体系や言語使用に対して特徴的なものとして示す。あるいはフーコーのディスコース概念、それは言語における歴史的社会的制約性を主張する。

k.      重要なことは、言語の中に社会的行動の構造が記入されているということを示すことである。そこにはとりわけ、人間の生の再生産のために不可欠な、自然の社会的加工も含まれる。言語行動の理論は、様々な行動の種類の合理的構造を明らかにすることができる。その際私は、ハバーマスがしているような、普遍的語用論を構想するというような提案をしたいのではない。シュライアマハーの議論の線に従い、これをその一貫性において示そうとする知の弁証法的基礎付けの内部で、言語行動は、その時代、その生活圏の合理的構造を代表する。その際特定の社会的作業の組織形式が、その都度根本的役割を演じるということ、これはシュライアマハーの構想において前もって計画されたものではないにせよ、彼の一貫した議論の線を延長することによって、困難なく彼に付加することができる。

l.        シュライアマハーによれば、意識はそれにもかかわらずなお一つの次元を手にしており、それは思考は発話よりも深い所に達するもので、それゆえその内容は思考されることも発話されることもできないものである。それは感情の次元である。ここで起こっていることは、会話体の思考や言語上の記号の伝達によるのとは別の方法で知らせられる。これについての語りはすべて、意識が感じたものとして経験するものを、常にただ間接的に示すことができるだけである。シュライアマハーが、感情における知と意欲の統一の「超越論的根拠」を、また「神のイデー」とそれとの結びつきにおいて「世界のイデー」―それは「独自な仕方で」同様に超越論的なのだが―を、カントに倣う意味で「イデー」として特徴付けるとき、彼はその間接性を顧慮しているのである。イデーは「問題の多い」あるいは「満たされることのない考え」で、それに対しては「有機的要素は単に遠く隔たった比ゆの中にあるに過ぎない」。これは結果として以下のことを伴う。「神の直観[そしてまた世界のそれも]決して現実には遂行されず、間接的図式にとどまる」。

m.    神と世界についてのシュライアマハーの思弁的言説―それは知の統一の超越的根拠に関係し、それによってその(知の)根拠付けは哲学と共に神学的体系化にも有効であることが保証されるべきなのだが―は、様々な年代になされた弁証法講義それぞれにおいて、少なからず異同が認められる。最初から(すなわち1811年草稿)認識の制限は顧慮されており、それはカントの『純粋理性批判』に由来するもので、イデーについての実在的知は不可能ということである。しかし「両者(神と世界)の関係」すなわち「それらがどの程度相違し、またどの程度同一か」は、知と意欲の統一のための説明根拠として表現することが可能である。すなわち。その際一貫した理解は以下のとおり。「絶対者」あるいは神は、その存在の知としての「超越的存在」「超越的イデー」を表現し、他方「世界のイデー」は、「私たちの知の限界」を規定する。必然的に思考されねばならないものは、複数の相対的統一の所与存在に対立する。しかし世界もまた統一である。相違は単に、神のイデーが直接「同一性の形式の下に」思考されるのに対し、世界の統一性は「対立の形式の下に」ある。

n.      1814年草稿の詳細なテキストは、以上の言説に加えて、両イデーは「相関概念」であるが、同一ではないという。それらは実在的知のかなたに、根拠(terminus a quo)と目標(terminus ad quem)として対立した位置関係にある。その際それらの「共存」は必然的共存である。一方なしに他方は考えられない。それにもかかわらず、神はこの草稿では「完全な統一」のために、世界は「数多性」のためにある。当然前者は後者に対して優位を占める。思考と知はその可能性に従って統一性の中に基礎付けられるが、特定の有機的知の常に新たな作用へ向かう思考と知の前進の根拠を数多性の中に見出す。数多性は「有機的知への傾向」の超越論的原理を表現するのである。この傾向は1818年の覚書において次のように言われることによって強調された。固有性と数多性の源泉としての有機的機能を伴わない思考は、「もはや」あるいは「まだ」自らに知の身分を要求できるような思考とは見なされないと。

o.       これに対して1822年草稿は、さらに明解な規定を呈示し、同じように詳細な記述によって、異なった理解に達している。問題は今や、知の統一と意欲の統一という二つの統一の統一に完全に移行する。知の統一と意欲の統一は何の困難もなく導出され得るように見える。しかし、両者を一つにすることは、現実の意識の統一である。この統一の経験的根拠である感情は、「直接的自己意識」と規定される。そこにシュライアマハーは「超越的根拠との類比(Analogie)、すなわち相対的緒対立を止揚する結合」を見ており、すべての特定の知は意欲をも含み、すべての特定の意欲は思考をも含んでいるという。1821/22年の『キリスト教信仰論』の刊行との結びつきを考えることが許されるだろう。そこにおいてこの関連で感情は「宗教的感情」としてより厳密に理解された。「直接的自己意識」は、それ自体先ず超越的根拠との類比関係にある。先ずそれがこの根拠を自分自身において代表して初めてそれは、自らの超越的規定性を表現し、宗教的感情となる。思考と意欲、受動性と自発性の必然的相互性という純粋な事実が、新たに制約性として解釈され、これが「一般的依存感情」として経験されるはずだという。この経験によって弁証法の問題は解決されるという。なぜならそれによって、すべての存在の「原根拠(Urgrund)」が意識に定立されるからだという。これは現実の意識に「欠如した統一の補遺」を形成し、そこにおいてその都度の知の統一と意欲の統一とが再び一つにされるという。

p.      しかしながら、言語性に基づく思考の特殊性全般―すべての意欲が常に思考する意欲でもある限り、この特殊性は意欲にも伝わるのだが―が、この過程において固く保持されるかどうかは問題である。思考と言語に定められた一般的規則と特殊主観的な思考と言語との対立―それは個人の言語形成においては止揚されるが―は、この規則がその継続において主観的言語に依存するのと同様に、主観をこの規則に依存させる。主観理論の一貫した基礎付けとして示されることが可能なこの相互関係は、一面的な一般的依存という意味での神学的体系化の基礎としての宗教的感情に対して開かれることを許さない。現代の専門用語では、これは次のように言われるだろう。人間の原存在は「被投的投企」であるというハイデガーの定式は、サルトルの形式では、それは「自由へ運命付けられている」と短く言い直された。なぜならこの被投性も新たな投企においてのみ存続するからである。

q.      宗教的感情についてのこのより詳しい規定は、統一としての世界イデーの説明と並行して進められていく。この世界イデーの統一性は神イデーの統一性に対して、後者が「あらゆる対立の排除を伴って」いるのに対し、前者は「あらゆる対立を包含するかたちで」思考されねばならないという限りで、対立を形成している。この点で1822年草稿は1811年の構想における理解に戻っている。ここから今一度1822年講義は、世界イデーがどの程度単なる限界概念であるのか、またそれが神イデーに対してどのような関係にあるかをいっそう明確に規定する。「世界イデーは私たちの思考の限界である。超越的根拠は思考の外にある。したがって私たちはそのような(世界イデーの)表現によって超越的根拠への道を持つに過ぎない」。一般的依存感情として、自己意識の中に共に立てられた超越的根拠は、世界の考えをこの統一の前段階の見通しへと連れて行く。世界は「従属的な意味で超越的である」に過ぎず、あらゆる個々の経験を包括するという意味での統一性である。神は、「さらにその後ろに控えている前提」であり、絶対的主観、絶対的力、そして「世界においてあらゆる力の統一として立てられる活動性の源泉でも」ある。シュライアマハーはこの個所で次のような異論をさしはさむ。世界はその場合あらゆる独自な活動性を伴うことがない。「単なる受動性は、存在ではなく」無形式で無力な物質に過ぎない。世界は「根源的に活動的なものとして」思考されてはじめて、議論の「弁証法的過程」が復元される。このようにして、宗教的依存感情の「絶対性」は、自ら何も感じることができない―なぜなら、そこ(感じるということ)には必然的な仕方で活動性の断片が属しているから―ということの中に予想される困難はまったく生じない。

r.       「弁証法」の技術的あるいは形式的部分は、ここではまだまったく考察の対象外であった。この部分は、弁証法全体の根底にある対話の性格を強調する。受動性と能動性、思考の有機的機能と知的機能、特殊性と普遍性、これらが常に交互に優勢になることが重要でなければならないということは、「概念形成の理論」においても、「判断形成の理論」においても言われている。それはとりわけ以下のことに示されている。「知の構造」−そこにこの(技術的形式的)部分は形式的な手引きを与えるはずなのだが―は、推論形成(Schlussbildung)の理論においてではなく、「結合についての」教説において完成されるということである。

s.       「結合」はある場合にはより発見的であり、またある場合にはより構築的である。それは特殊の中に普遍の断片を発見したり、あるいは特殊から普遍を体系的に建て上げる。「知の完成は完成された世界イデーである。断片的に成立したあらゆる認識を一つにまとめて整えることである」。これは、「判断の多様性」を発見的にそして構築的に統一へともたらすことによって起こる。1818年の講義はこの統一概念を注釈している。重要なのは、「概念における」普遍と特殊の「直接的統一」ではなく、「緩やかでより間接的な統一で、多様性からなる一つの全体に過ぎない統一である」。構築的方法は発見的性格を保持している。「統一性自身にとって揺れ」が存在する。弁証法が技法論であり、学問に発展させることは不可能である限り、判断の構築的結合の統一は、常に相対的統一にとどまる。すなわち根本において様々な統一の数多性にとどまるのである。それゆえ構築的方法は、その課題が「知の完成」―それは「断片的に成立したすべての認識を一つにまとめて整えること」の中に存するのだが―と言い表されるとき、理想化された方法で見られている。なぜなら、この完成は現実には決して到達され得ないからである。これはまた1814年の弁証法の超越論的部分で、世界イデーは神イデーと異なり、統一性によってではなく数多性によって特徴付けられると言われていることの意味である。

t.        神のイデーあるいは知の統一の超越的根拠は1822年の草稿において初めて弁証法の形式的部分で姿を現す。知のより受動的側面―それは判断の結合においてと同様概念および判断の形成において顧みられるべき側面だが―の為に、ここにおいて「純粋把握」の可能性が作り出される。その可能性は、「自らを提供する存在」をそこにおいて提供されるべき知のイデーを顧慮することによってのみ把握する。これは、この知の超越的根拠としての神(Gottheit)のイデーに直接通じる。かくして「神への信仰」は、「認識において」も叙述可能となる。しかしながらこの可能性は、この「純粋把握」が自分自身の活動性といったものをまったく混ぜ合わせることなしに存在できることと結びついている。その結果、純粋な受動性が自己自身をどのように意識できるかといったアポリアが再び成立する。それは次のような克服しがたい困難に逢着するように思われる。すなわち、思考の有機的機能によって規定された思考の特殊性から、キリスト教神学の基礎を展開するという困難である。

u.      1831年の草稿は、最終的に以下のことを詳細に論じる。すなわち、知の超越的根拠が、思考の二つの機能に対応する二つの側面と共に概念において、そしてまた判断においてその都度いかに与えられるのか(ということである)。その際明らかになることは、有機的概念形式においても、また概念から判断、判断から概念への移行においても同じくこの根拠に出くわすということである。なぜなら「存在の絶対的共同性」は、概念の体系において、「可能な判断の無規定な多様性」を前提としているし、またその逆も言えるからである。概念から判断への、そして判断から概念への移行は、思考の運動を汲み尽くす。思考は他の形式を知らない。したがって、この移行は「すべての移行の根拠でなければならず」、そこにおいて意識の統一の超越的根拠が表現される。このことは、次のような私たちの解釈を実証する。すなわち、思考を言葉で起草することと、そこに置かれた言語と思考の相互的な指示とは、互いに知の統一の為の―この統一が思考し発話する意識において形成されるような―本来的根拠と見なされねばならない。この根拠の超越性は、したがって、意識と言語の関係によって規定される。なぜなら、言語は主観の意識よりも常に先行し、常により大きいものだからである。同時に、言語はこの意識なしには決して存在しないし、また、以前過去にあった言語と同一ではないし、主観的意識の内と外でも同一ではない。

v.      言語によって、全世界が、その姿形の数多性と共に、意識の中に突出して現れ、意識に働きかける。反対に、意識の内的領域は、言語によって世界と結合される。そして発話することは、そこにおいて世界が意識を通して形を取って進行して行く線を呈示する。この個所で、新たにこの世界の姿の主要な線が指示されねばならない。それはシュライアマハーにおいてはそのようなものとして強調されてはいないけれども。自然に対する理性の行動、自然の素材から生じる文化的世界の発展は、自然の社会的加工による人間的生の再生産に基づく。その際成立する発話行為は、それゆえ逆の作用方向においても、意識の内的機能を根本的に規定するだろう。概念と判断の「結合」は、根本的な仕方で次のような目的をも満たさなければならないだろう。すなわち、その結合が、作業の意図の構想およびその仕上げの実行において徐々になされる修正を可能にするという目的である。

w.     以上のように考えるなら、私たちのこれまでの考察の結論は次のようになる。シュライアマハーの「弁証法」は、今まで述べてきたような社会的作業による言語の刻印という補助的次元を加えられるならば、彼の哲学体系に対して一貫した基礎を提供するだろう。しかし教会的教説の連関としての神学的知の展開に対しては弁証法の思考過程は、十分な基礎を与えられないだろう。なぜなら、言語の超越を、神の超越―それは世界の統一性や数多性のさらに背後に置かれている―と同等に置くことが不可能だからである。統一のみである根拠は基礎としての数多性と特殊性に対してどのように役立つことができるだろうか。言語及びその歴史的社会的規定性からは、普遍的または絶対的依存の関係は展開し得ない。言語はむしろ一貫した相互性を基礎付ける。言語は次のことに対する意識を超えた根拠である。すなわち、行動の合理的な根拠としても役立ち得る知が、意識において自らを形成することができる為の(超越的根拠である)。普遍的依存の一面性は、相互性の哲学の議論になじまない。それは、個人的普遍というこの哲学の根本思想を破ってしまう。この個人的普遍には、絶えず両方の側面が、もちろん様々な仕方、様々な関わり方で関与する。

x.      もちろん反対に次のようなこともある。すなわち、すべての存在者の個体構造―そこにおいて理性と自然が相互に形成されたのだが―の基礎付けは、言語性及び思考のその他の有機的制約性においてのみシュライアマハー哲学の全体に対して一面性として現れねばならない。この基礎付けの連関は、「弁証法の諸草稿」から、一貫した議論の過程として強調することが可能であるが、とりわけ、シュライアマハー自身の要求にしたがって、修辞学や文法、解釈学、そして彼の言語哲学の全構想をさらに付け加えるときそうである。しかし、「倫理学の諸草稿」や『宗教論』『独白録』を含む「初期の諸文書」に目を向けるならば、『弁証法』による基礎付けの試みは、宗教的感情と教会的教説におけるその解説を包括していないので、非常に狭いものに思われる。学問と道徳、知と意欲、理論的なものと実践的なものとの間に、シュライアマハーにとってこれらすべてのテキストにおいて、宗教の場所、純粋直観の場所、感情の場所、つまり神経験の場所がある。キリスト教的教説は、絶えずこの経験の最も妥当な解説としても見られている。感情が、理性の象徴的行為の側で知に対立しているように、教会は、理性の有機化の行為の側で国家の対をなすものである。宗教的経験と教会的教説におけるその制度的整理は、シュライアマハーの哲学的思考においてその確固たる場所を持っている。

y.      もし弁証法が、その基礎付け要求を果たそうと欲するならば、それはシュライアマハーの思考の全体を見る際にこの所与の事実を考慮しなければならない。そのとき次のことは明らかである。その根拠を主観的意識の彼岸に見出す思考と意欲の止揚不可能な特殊性は、弁証法においても最終的には神に、すなわち宗教的感情を通して意識に姿を現す神に戻っていくということである。それによって哲学的体系の基礎付けの内部に、神学の為に余地が与えられるはずである。しかし基礎付けの試み ―それをシュライアマハーは「弁証法」において自分の思考のために全体的に披露している― の一貫性という観点の下に、私たちは次のことを固持し続けなければならない。すなわち、対話の技法という出発点及び一つの言語圏に弁証法を制限するという出発点の線が、有機的機能を経て言語による思考と知の継続的規定性に通じており、その線はその時意欲に対する知の基礎的な意義を経て、(知と意欲の)両系列における意識の統一の基礎付けにまで自らを伝えていくということである。

z.       このような結果を、ヘーゲルの『学問と論理学』(1812/16)―そこには神概念と宗教哲学が本質的に共に包括されている―における彼の哲学体系の基礎付けと比較するならば、一目でまったく異なった哲学的神学的体系付けが問題になっていることが分かるだろう。ヘーゲルにとって、存在の謎は主観的意識において解かれる。実体は主観に他ならない。主観性自身の他者から自己自身への主観性の帰還としての省察運動は、絶対者に高められ、神の人格性の思想として理解されることが可能である。思考と存在、知と意欲の統一は、相互的ではなく、後者(存在・意欲)を前者(思考・知)の中へ連れ戻すことである。それにもかかわらず、さらに詳しく見るとき明らかなことは以下のことである。すなわち、『哲学的学問のエンチクロペディー』(1817)において、ただ「輪郭」だけ論じられたこの論理的諸規定の基礎における体系の実在哲学的展開は、講義(18171831)におけるそのさらなる加工においては、十分な成果に至っていないということである。実在哲学的叙述の流れにおける概念的論理的骨組みは、常に繰り返し組み直され、別の仕方で用いられている。実在哲学的質料の配列の側面からも私たちは新たな試みの系列に出会う。それはヘーゲル自身にとっても最後には不十分な結果に終わったのだが。現実性の様々な領域が、その完全な実在性において、一貫しない仕方で、絶対的な「自己への帰還」という構造の組み立ての中へ組み込まれる。バタイユはこれについて以下のように語る。人は哲学体系におけるヘーゲルの仕事を、彼の失敗の歴史と解さねばならない。しかし、この失敗は、自らにおいて意義深く基礎付けられた手がかりの真正な運動と見なされねばならない。この観点からヘーゲルとシュライアマハーは完全に並行して読まれるべきである。自らを自己自身に基礎付ける主観性の真正な失敗は、主観的意識を越えてその超越的根拠へ出て行くことと同じことを語っている。思考の他者を主観の自己思考に還元することは失敗に終わるに違いない。もしそうでなければ、この哲学は全体的一貫性を持ったであろう。それゆえ最高度に望ましいことは、ヘーゲル哲学の失敗を益として記録することである。この点から出発するさらなる作業は、相互性の思考の概念的枠組において少なくとも実験的に代案を求めることができる。これによって私たちは、今日の哲学的問題に対するシュライアマハーの弁証法が持つ意義についての問いに達するのである。

2.      シュライアマハーの弁証法の現代性について

a.      マンフレッド・フランクが、シュライアマハーの弁証法を現代フランスの差異の哲学と結びつけた方法は、私の目から見れば驚くべき大胆な方法を証ししている。シュライアマハーの統一性概念は「能動と受動との間の…揺れ」を示している。超越的根拠は、可能性としては、能動と受動、有機的なものと知的なもの、写像的なものと原像的なものの「諸契機の差異」を含んでいる。それゆえこの統一は、「移行の出来事において作用する差異化の根拠」であり得、それをフランクはデリダとともに「差異」として特徴付けている。デリダによる暫定的な意味論上の差異分析において次のように言われているのを読むとき、これは容易に理解できるように思われる。「私たちは、差異として特徴付けられ得るものが、なぜ、単純に能動的でも受動的でもなく、むしろ中間態の形式であるかを知る。…それは一つの操作であり…受動的なものとしても対象に対する主観の活動としても考えられず、このように表現される何かから出るものとも、またそれを臨み見るものとしても考えられない」。それは活動そのものでないにもかかわらず、差異を可能ならしめることによって差異をもたらす。それは先立つ原因という意味でのその起源ではなく、それを完全にでも単純にでもなく可能にするものである。

b.      しかしながら、このような定式化は、シュライアマハーへの類比が困難になることを予想させる。問題になっているのは「完全な統一」ではなく、パルメニデスの存在概念という意味での完全ではないもの、単純でないものである。議論を分かりやすくする為に私は、私たちの目的の為にdifferanceを差異性(Unterschiedlichkeit)と訳す。なぜなら差異性があるので、またはある限り、差異が存在可能だからである。この思想は本質的に、感情に現れる完全な統一についての非知よりも開かれている。シュライアマハーは確かに他者を考えることができる。なぜなら、自然は理性に解消されないし、思考の有機的機能は知的機能に解消されず、知の写像的思考は意欲の原像的思考に解消されないからである。両者は、同一的な仕方で、対立する側面から、世界の出来事の進行を表す。すなわち、それらの乖離性において、それらの相互性に基づいて両者は一つであるということを意味する。「諸契機の差異」は、ある特定の差異であり、相互に正確に対応する対立の同一性である。

c.       差異性によって可能にされる差異は、それにもかかわらず、対立してあることに拘束されないし、また対立において相互的対応を通して同一性を表現することにも拘束されない。差異は(統一などを)表現するということがなく、対立、無関心な差異、別の種類の差異である。世界の出来事の統一は、自らを虚構として示す。そこから生じるのは、シュライアマハーが、数多性としての世界という思想によって、最大限差異(differance)に接近しているということである。この思想は一貫した仕方で「弁証法」の次のような出発点において結びついている。すなわち、弁証法は対話の技法論であり、一つの特定の言語圏にのみ妥当するということである。そのような一つの言語圏においてなされるべき対話の総体は、常に有限なものにとどまるので、そこにおいて達せられる統一は常に自分と並ぶ他の諸統一を知る相対的な統一に過ぎない。もし人が神をこの統一のために定立しようと望むならば、神の超越は、言語一般の超越に限定されるのみでなく、歴史的社会的諸規定を伴う特定の言語圏の言語の超越に限定される。それは普遍的に理解されるキリスト教の伝統の神概念と関係付けられることはいかなる仕方でもできない。それにもかかわらず、様々な統一の数多性としての世界イデーを把握するのは、差異性の意味においてである。

d.      もちろん困難は次のことにある。すなわちシュライアマハーは、他の諸言語圏において明らかになる他の様々な統一という他者存在がどのように考えられるべきかについて示唆を与えていないということである。対立したものを統一へと結びつける相互性の原理は、普遍的に考えられるように思われる。なぜならそれは、自然に対する理性の働きかけの端的に一般的な次元にも、又その逆にも妥当するからである。世界が様々な統一の数多性として考えられるということは、しかし、これらの統一が同じ種類の統一であらねばならないということを前提としてはいない。確かに他の言語圏の統一がどのような種類の統一になるかということについては、自分の言語圏からは何も言うことができないわけだが、それが他の種類である可能性は、はじめから承認されていなければならない。

e.       この箇所でさらに困難な問題は、思考の言語性について、シュライアマハーによって、その社会的歴史的特殊性を視野に入れつつより具体的に把握されていないということである。それがなされないのは単に「弁証法」においてのみならず、「解釈学や批判学」の主題を形成してもいない。言語及びそこに表現されている状況の特殊性が解釈者に知られているということは、解釈学的批判学的課題の解決にとっては、前提となっている。例えば新約聖書の解釈にとって、この知は、解釈学によってではなく、緒論(Einleitungswissenschaft)によって伝えられる。これが意味していることは、シュライアマハーがこの問題を、解釈学的また弁証法的過程を規定するために、さほど重要と考えていなかったということである。彼の問題は、二人の対話のパートナーが知りまた習熟している一つの言語において、どのように理解が、また理解を超えて知における統一が産み出されえるのかということである。言語と思考の方向性が、社会的歴史的条件によって、深刻な影響を受ける可能性があるということ、他の言語圏に属する人でも類縁した社会情勢の中で生活している場合には、同じ言語圏内よりも、理解や知における一致の道程がより早く達せられることなどは、シュライアマハーの念頭にはなかった。

f.        言語と思考の持つこの社会的歴史的規定という次元を受け入れるとき、世界の出来事の数多性における他の様々な統一の別種性(Andersartigkeit)を、より一層理解できるようになる。このことは、自分自身の統一性の理解にとって先ず次のような結果をもたらす。すなわち、それを非普遍的なものとして理解するということ、また、それが他の統一をその別種性において寛容に受け入れるのみならず、原理的に等しい権利を持つものとして承認するということである。様々な統一性の間には、それにもかかわらず、新たにある種の相互性という事態が起こりえる。知的な対話が成立するのだが、それはさらに統一へと向けられるのではなく、数多性の保持に向けられる。そこにおいて、私が対話している他者が他者であり続けることができるのである。相互性は、他の形式に対して、対立するものの厳密な対応の形式として自らを開く。他者の生活圏は、その言語的社会的歴史的特殊性と共に、保持されつづけることが可能であり、そうあるべきである。それらと共に、原理的に等しい権利を持つという根拠に基づいて相互性が与えられるのである限り。他の諸文化に強制されている資本主義的生産方法という前提の下では、開かれた相互性の条件は、いかなる仕方でも満たされたと見なされ得ないことは、問う必要はない。

g.      相互性の弁証法は、この点において、止揚の弁証法と比較して明らかにより柔軟である。厳密な対応という思想の助力により、両方の側で統一として解釈されねばならないような必然的対立を、相互性は前提としない。止揚の弁証法は、常に対立から出発する。なぜならそこでは一方の側がより強い側であり、これがより高次の段階では一般的枠組を規定し、そこにおいて、より弱い側は、特殊な契機として保持され続ける。より強い側は、否定の側面であり、それは、硬直し、いわば変化のなくなった立場に対して闘うために、自らの中に力を集める。この弁証法は、ヨーロッパ西欧史の社会的歴史的過程―それが階級社会の歴史と見られる限り―に、当てはまる。このような現実性との関連で、この弁証法は、理解の適切な方法である。それにもかかわらず、止揚の弁証法は、相反しない(nicht-antagonistischer)対立の解決の教説へと作り変えられることが可能である。それは、緊張状態が与えられ、それが次第に解決されるというような特定の出来事の理論的理解の為に一般的意味を持つような教説である。

h.      このような道程において、それ(止揚の弁証法)は、相互性の境界へと導かれる。相互性において対立が思考される限り、これは両方の側の正確な対応を通して初めから止揚されたものとして定立されている。緊張はむしろ次のことにある。すなわち、この対応の同じ重さが、長い歴史の経過において何はさておき自らを生み出さねばならない。この歴史がより包括的な過程として有効であり、その内部において、相反する(antagonistischen)対立とその止揚は、特定の段階を形成するヨーロッパ西欧の歴史とそこに現れている自然に対する働きかけの形式は、その相反する社会的組織と共に普遍的ではない。それが今や地球全体に広がっているとしても、このことは以下のことについて思い違いをさせることはできない。すなわち、人間同士の、あるいは自然と人間の交わりの別の形式がそこにあるような社会状況が、この(ヨーロッパ西欧の)プロセスによってただ覆われているに過ぎないというような(思い違いはできない)。世界市場の普遍性が、その社会的政治的余波を伴って、この覆われてしまった形式から、どのような仕方で個体化され得るのか、まだ具体的に予測することは不可能である。相互性の弁証法は、その内部で普遍的なものの個体性への帰還が期待されねばならないような歴史的地平を描き出す。

i.        なぜならこの相互性は、対立や正確な対応から出発することなしに考えることもできるからである。ここで私たちはもう一度デリダに言及することができる。そしてその際、彼の思想に、相互性のモチーフの助けを借りてより確かな構造を与えようと試みることができる。政治経済の言説―それは同時に止揚の弁証法という意味での弁証法的言説だが―を、デリダはバタイユとの結びつきにおいて脱構築しようとする。そして、その前にある構造としての一般経済を明らかにしようとする。バタイユによれば、欠乏を何とかする代わりに、まず重要なことは地上に総じて前提とされている生き生きとしたエネルギーの余剰を、それが爆発に至らないように消費することである。このことが歴史の領域で意味するのは、戦争や革命の中で自らを放棄しなければならないといった緊張状態の増大の危機を減少させることができるといったことである。活発なエネルギーの余剰は、それが政治経済体制における利用からはっきりと引き離されるように、歴史的行為の前線において消費されるべきである。

j.        このような余剰の消費に対する社会的組織形態の事例として、バタイユは、マルセル・モースがアメリカ北西岸のインディアンにおいて観察したPotlatschの習慣を引き合いに出す。Potlatschとは、贈り物の交換の一形態で、それは対等な関係の基礎の上に行われるのではなく、その相互性はむしろ不均衡な力の調節であり、自らを手放すことによって、今までの自分を凌駕しようとする。過剰な豊かさが提供する力を失うことによって、贈り主は、そのような寛大さにおいてのみ根拠付けられる力の形式を獲得する。弱者の位置は、止揚の弁証法においてのように吸収されることはなく、とどまりつづける差異と共に相互性の意味で敬意を払われる。

k.      この事例によってデリダが意図していることは、Potlatschが、存在している意義を解消し、退去の遊戯の中へそれを移すしるしであり、それは閉ざされた意味連関を許さず、至るところで意味の相対性を明らかにするために言葉を組み入れる。この出来事をデリダは、止揚概念の助けを借りて解釈するが、もちろん彼はそれを決定的な点で修正している。これに対して私がしたい提案は、この過程において思考の言語性とその対話的性格を主張することである。その時明らかになることは、発話する主観は、それが言語から生み出され、他者との相互的な交わりにあることによって、可能な限り多く自分の意味を主張するように向かうのではなく、それを遊戯にもたらし消費する。その結果、他者がそれに参与できる。それは他者自身が相対的意味というより大きな贈り物を提供しなければならないということでもある。これは結果として、思考の領域においてのみならず道徳の領域においても事実上のコペルニクス的転換を引き起こす。歴史の領域において、不均衡な力の並びあった存在が、可能なものとして考えられえるのである。それらの力は、開かれた相互性において敬意を払われ、認められる。

l.        シュライアマハーの弁証法は、進化の見通しのより大きな連関に、不均衡な力の対立の思考を組み入れる。それが意味するのは、止揚は、対立するものの相互的な浸透として理解されねばならないということである。それによって彼の弁証法は、開かれた相互性の思想の開拓者となる。そこにおいて異なったものは、対立するものとして、また、異なった仕方で区別されるものとして関与する。彼の弁証法は、差異の思考に向かってそのように自らを拡大する。この思考は政治をひっくるめた補完物を持たない。しかし、それは具体的な社会的結合点を持つ。それについて私はここでは二三のを事例としてあげるにとどめたいが、別の所でより詳しく論じている。例えば家族構造の変化である。そこにおいては家父長制の克服が始まっているように見える。人間に必要な自然とその資源に対する態度の変化もそうである。その有限性は単に無制限の搾取に限界を設定するのみでなく、保持し修復する処置を必要としている。国家の普遍的機能の使命(Bestimmung)もある。それは一つの共同体内部におけるあらゆる異なった集団化と、関心から出発し、その間の調整を求める。最後に、いわゆる少数者の問題、様々な文化的特徴を持った共同体間の外交上の観点での対話、あまり知られていない儀礼や神話の評価もそうである。それらはもはや階層的に判断されたり、高い低いといった差別をされることはできない。
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